【仙台】松尾芭蕉ゆかりの地(おくのほそ道)

仙台市内の「おくのほそ道」(松尾芭蕉ゆかりの地)をご紹介します。

松尾芭蕉(1644~1694)は、奥の細道の旅の途中、元禄2年(1689)5月5日から7日までの3日間仙台に滞在しました。同行した曾良の日記では名取川を経た後、長町の宿を過ぎて若林川(広瀬川)をわたって仙台城下へ入り、北上して夕暮れに国分町の旅籠に宿泊したと記されています。芭蕉は奥州街道からこの「芭蕉の辻」に至り、国分町の宿で宿泊しました。そしてここを拠点に知人の消息を尋ねたり、仙台周辺の名所を訪れています。

【仙台 松尾芭蕉ゆかりの地】芭蕉の辻

名取川を渡って仙台に入る。あやめふく日なり。旅宿をもとめて四五日逗留す。

芭蕉が仙台に到着したのは旧暦5月4日。仙台城下の中心芭蕉の辻を通り、国分町大崎屋という宿に着いたのは夕刻の頃。芭蕉一行はここに四泊五日逗留し、北野屋加右衛門の案内で仙台の歌枕を訪ねました。
なお、「芭蕉の辻」名前の由来は、芭蕉という名の虚無僧が住んでいた、芭蕉の木が植えてあった、との説があり、松尾芭蕉とは関係がありません。

芭蕉の辻
所在地:宮城県仙台市青葉区大町1丁目4

【仙台 松尾芭蕉ゆかりの地】仙台城大手門と隅櫓

風流の初めや奥の田植歌

仙台藩六十二万石の権威を表す仙台城大手門は、戦災で消失する前は国宝に指定されていました。芭蕉に同行した曾良の随行日記に「城ノ追手ヨリ入」と記しているのが大手門のことです。大橋をわたった西公園に芭蕉句碑が建っています。

仙台城大手門跡
所在地:宮城県仙台市青葉区川内

【仙台 松尾芭蕉ゆかりの地】亀岡八幡宮

春もやや気色ととのふ月と梅

当時仙台の俳壇の中心であった亀岡八幡宮は、伊達家初代朝宗公の頃、鎌倉鶴岡八幡宮を勧請した由緒ある神社です。仙台開府とともに現在の瀧澤神社に仮宮を祀り、その後川内に移されました。参道の石鳥居と365段の石段は天和三年(1683年)造営当時のものが残っています。瀧澤神社に芭蕉句碑が建っています。

亀岡八幡宮
所在地:宮城県仙台市青葉区川内亀岡62

【仙台 松尾芭蕉ゆかりの地】仙台東照宮

あらたふと青葉若葉の日の光

仙台にも徳川家康公を祭った東照宮があったとは!奥の細道では江戸千住を出発して三日後に見物した日光東照宮。あらたふと・・・の俳句を残しています。仙台の東照宮も絢爛豪華な唐門をはじめ、日光に引けを取らぬ佇まいを今に伝えています。

仙台東照宮
所在地:宮城県仙台市青葉区東照宮1丁目6-1

【仙台 松尾芭蕉ゆかりの地】榴岡天満宮

あかあかと日はつれなくも秋の風
花咲きて七日鶴見る麓哉

天神の御社と呼ばれた榴岡天満宮。仙台東照宮の場所から現在の榴ヶ岡に遷座し、菅原道真公直筆の書が奉納されています。芭蕉が訪れた当時の趣を残す「つゝじが岡及び天神の御社」として、国の名勝「奥の細道の風景地」に指定されています。境内には二つの芭蕉句碑が並んで建っています。

榴岡天満宮
所在地:宮城県仙台市宮城野区榴ヶ岡105-3

【仙台 松尾芭蕉ゆかりの地】陸奥国分寺薬師堂

あやめ草足に結ん草鞋の緒

陸奥国分寺薬師堂跡に伊達政宗公が建立した薬師堂は奥州桃山様式を今に伝える佇まい。境内の仁王門や奈良時代の遺跡も素晴らしいですが、毎年2月11日に行われる七日堂修正会の法要と火渡り式は一軒の価値があります。準胝観音堂のすぐ脇に芭蕉句碑が建っています。

陸奥国分寺薬師堂
所在地:宮城県仙台市若林区木ノ下3-8-1

【仙台 松尾芭蕉ゆかりの地】妙心院芭蕉翁蓑塚

笠嶋はいづこ皐月のぬかり道

芭蕉が仙台に到着したのは梅雨のさなか。紙子とよばれる和紙の雨具が旅の荷物には欠かせませんでした。境内の芭蕉翁蓑塚は、芭蕉が仙台を発ち松島に向かう際に置いて行った紙子を、後に浮月坊鉄船という医者の俳人が供養のために埋めて建てたものです。

妙心院
所在地:宮城県仙台市若林区新寺4丁目1-18